42 絵のない絵本
- 作者: アンデルセン,Hans Christian Andersen,矢崎源九郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1952/08/19
- メディア: 文庫
- 購入: 3人 クリック: 23回
- この商品を含むブログ (56件) を見る
淡々と月は第三者の視点で語るのだが、その中には喜ばしい出来事もあれば、悲しい出来事もあった。しかしその出来事たちに対する感情は、月の話を聞いた主人公が抱いたものに限りなく近く、月自身はただ事実だけをありのままに受け止めて、それを主人公に伝えているだけのようだった。だからこそひとつひとつの物語は、さらりと読むことも出来るし、深く考察することも出来る。他者の余計な感情が入って来ないので、わたしはわたし自身と、月の語る話を通じて対話することが出来た。途中から、主人公がわたしなのか、わたしが主人公なのか、わからなくなってくるほど。意識が小説の中に取り込まれて同化していくのを感じた。アンデルセンの描写はとても美しく、幻想的で、すっかりわたしは魅了されてしまっていた。
そもそも、月が語る、という設定がずるい。わたしは月に特別な思い入れがあるので、余計にそう思った。月が意識を持ち、世界を静かに見守っている。そしてそれを淡々と主人公に伝える。その主人公と月の密会のようなやりとりは、ドギマギしてしまう。笑われるかもしれないけど、わたしも月と話が出来るような、そんな気に本気でなってしまう。月は、母なる光で世界を照らし、優しく平等にそれぞれの出来事を見守っている。その姿勢がとても愛しくて、神秘的で、そして切なくも感じられた。
読み終えて暫く、わたしは月になったつもりで色々な地域を旅してみた。想像でしかない、ただの妄想として片付けられてしまうであろうその物語たちは、確かにわたしの創作の糧になっていた。わたしの一番描きたかったこと。それを思い出させてくれたのが、この「絵のない絵本」であることは、紛れも無い事実である。わたしも夜空に浮かぶ月のように、たくさんの人生を綴っていきたい。