01 月野さんのギター

月野さんのギター (講談社Birth)

月野さんのギター (講談社Birth)

 ダイレクトに伝わってくる「俺」の気持ちに同調して、恋をしていた。月野さんになのか、ナナミになのか。いや、そのどちらでもないだろう。物語を通した向こう側に恋すべき人を見つけ、恋をしていた。
 とにかく好きな人にすぐに会いたくなる物語だった。主人公の恋するパワーに触発されて、客観的に読み進めることが難しかった。主人公の想い=わたしの想い。この図式が上手いこと成り立っていたように思う。
 結婚してすっかり落ち着いてしまったけれども、激情に溺れる恋に憧れがなくなった訳ではない。とはいえそれが現実になってしまったら、それはそれで困ってしまうだろう。しかし、小説の中でならそれが許される。そこに、何故人は小説を読むのかという質疑の答えがあるような気がする。そしてこの「月野さんのギター」はそれを最大限に味わうことの出来る小説だった。
 すんなりと読める文体は、ふっと自然に心へ染み込んでくる。かと思えば細かい部分に細工もきちんと散りばめられており、何度読んでも楽しめる物語となっている。
 飾らない二十歳の俺の姿にも好感が持てる。俺だけではない。登場人物すべてが実にリアルで魅力的に描かれていた。そしてその誰にも自分の一部を重ねることが出来た。
 わたしはシオリという登場人物がとても好きだ。ああいう少し不思議なキャラクターは作者自身がインタビューで言っていたように、作者の本来の世界観に近いせいかとても生き生きしてみえた。今後が楽しみなデビュー作だった。


※「月野さんのギター」の作者、寒竹泉美さんのインタビューは「特別収録」へ1/31にUP致します。