04 センセイの鞄

センセイの鞄

センセイの鞄

 ツキコとセンセイの間に流れている空気を表現するのにふさわしいのは、やっぱり「あわあわ」という単語になるのかもしれない。
 この物語全体を支配している空気がわたしは好きだ。届きそうで届かない、掴めそうで掴めない二人のやりとりは、優しくて柔らかな白昼夢を見ているかのようだ。読後に残る、そっと秘密の宝箱にしまっておきたい淡い恋する気持ちこそが、この物語の醍醐味なのではないだろうか。
 わたしが一番好きなのは、ツキコとセンセイの立場が逆転したシーン。いつもは「センセイ」「はい」とツキコの呼びかけに応えていたセンセイが受話器越しに、「ツキコさん」とツキコの名前を何度か呼んでいたのがとても印象的だった。
 センセイのことが好きで好きで仕方ないといったツキコの想いに、応えているようなはぐらかすような、そんな態度をずっととっていたセンセイだったのだが、このシーンでは今まで露にしていなかったツキコへの想いが伝わってきてなんだか切ない嬉しい気持ちになった。
 男の人って恋をすると、いくつになっても可愛いものなのかもしれない。そして、実は女の方が強いんだということが、最後、白昼夢から醒めつつあるツキコの言動からわかった気がした。
 恋愛とは白昼夢のようなものだ。夢から醒めた時、それでも相手を大切に想えるようならば、その時に本物の恋愛がはじまるのかもしれない。センセイの想いは永遠になり、ツキコの恋愛はきっと、まだ続くのだろう。そうであって欲しいと、願わずにはいられない。