05 僕の好きな人が、よく眠れますように

僕の好きな人が、よく眠れますように (角川文庫)

僕の好きな人が、よく眠れますように (角川文庫)

 不倫をしようと思ってする人は殆どいない。好きになった人がたまたま結婚していたり、結婚しているのに新しい恋がはじまってしまったりといった場合が多いだろう。それを自分勝手な感情だと咎める人もいるかもしれない。けれど、人を好きになるのに理由も理屈も環境も状況も関係ないとわたしは思う。
 「僕」と「めぐ」の関係も不倫と呼ばれる類なのだが、物語の中ではそれらしい記述は殆ど無い。もちろん、「僕」が「めぐ」の夫のことを気にしていたりはするのだが物語の焦点はそこではない。「僕」と「めぐ」がどれだけ好き合っているか。それを中心にこの物語は進んでいく。
 不倫をしているという自覚が二人にはないようにも見えてしまう。いつも好き好き言い合ってラブラブ状態なのだ。だが、よく考えればそれもそうなのだろう。実際に後ろめたい関係であったとしても、二人きりでいる時にまでずっと後ろめたい気持ちでいるのは何かが違う気がする。二人きりでいる時というのは、二人だけしかいない世界なのだから、結婚していようがしていまいが関係ない。お互いをひとりの人間として見て向き合っているのだと考えると、それはそれで純粋な関係のような気もしてくる。どろどろした話ばかりが不倫の本質を描いた恋愛小説なのではないのだ。
 しかし純粋とはいえ、この物語が不倫という枠内での恋愛小説であることに違いはないので、二人がこの先どうするつもりなのかは常に気になって読み進めていた。二人の関係をわかっているからこそ、微笑ましい描写のシーンや二人が堂々とデートをしている様子は、余計にこちらの不安を駆り立てる。時折くすっと笑いたくなるようなやりとりがあるのだが、心の底から安心して笑うことは出来ない。不倫をしたことはないし、今後する予定もないが、これが不倫というものなのか、と思い知った気分になった。
 不倫をする人の気持ちがわからない、という人でも「僕」と「めぐ」がどれだけ好き合っているかはわかって貰えるはずだ。この物語を楽しむのには、それだけでいいような気もする。純粋な二人を前に、純粋でいられる読者が、一番この物語を面白く感じられるのではないだろうか。
 筆者である中村航さんのデビュー作である「リレキショ」もオススメ。