06 砂の女

砂の女 (新潮文庫)

砂の女 (新潮文庫)

 喉が渇く。仕舞いには喉がひりひりしてくる。
 経験したことなどない状況のはずなのだ。砂漠になど行ったこともないし、ましてや砂に怯えて生活したこともない。それなのに、まるで過去にそうであったかのように想起される状況。わたしの記憶を辿るように、なぞるようにリアルな表現が繰り広げられる。高い描写力で紡がれたこの物語は、あっという間にわたしを砂の世界へと連れていった。
 文字通り、砂にまみれた生活から抜け出そうと試行錯誤する主人公。その心の動きがメインとなっているようだった。しかし、真の主役は他ならぬ「砂」なのではないだろうか。
 砂を掻くだけの生活から脱却し、元の日常へ戻る自由を求めながら、はて、その思い出す自由は何やら楽しいものではない。そう、元々砂を求めてこの地へやって来た主人公は日常からの脱出を思い自由を求めていた。自由を求めているという意味では、日常生活でも砂の生活でも何ら変わりはない。どこへ行っても自由とは手に入らないもので、常に追い続ける宿命にある。
 その姿は砂だ、と思った。自然界の計算され尽くされた流れに乗って流動する砂。それは自由に動いているようにも見えるが、実は決められた中での自由しか与えられていない。それを本当に自由と呼べるのだろうか。呼べないとしたら、では自由とは一体どういったもので何処にあるのだろうか――
 砂で出来た主人公が、さらさらと崩れ落ちる。そんなイメージを常に抱きつつ読み進めた物語だった。
 詩的な表現も多々見受けられ、作者の美しい言葉選びのセンスの高さに嫉妬した。元々詩人であったらしい作者が、小説内にそういった描写を組み込むことにより表現しようとしていたのは、砂のように崩れていく思考、あるいは日常と呼ばれるもの、だったのではないだろうか。