13 ポトスライムの舟

ポトスライムの舟 (講談社文庫)

ポトスライムの舟 (講談社文庫)

 芥川賞受賞作品と堂々銘打ってあったので思わず手にとっていた。芥川賞といえば文章を書く者として誰もが一度は憧れるであろう賞だろう。わたしもその中の一人である。そんな羨望と焦燥の混じった想いで、この本を読み始めた。
 一人称でも三人称でもない、不思議な語り口はぐっと惹き込まれるものがある。主観ではなく客観として物語を捉えることが出来る。主人公に全く心を重ねてしまうのではなく、自分という芯を残しながら物語を楽しめるのはとても快感だった。自分ではない誰かになったつもりになれるというのは、小説の醍醐味ともいえるだろう。しかし完全に誰かと同化してしまうのではなく、あくまで自分を残しつつ、冷静に自分を保ちつつ感情移入出来るというのもまた、この小説ならではの楽しみ方であるように思えた。
 働くということが自己の生活を支える軸のようなものになっている主人公。そこから脱却したいという想いを特別抱く訳ではないが、世界一周旅行に自分の収入を充てようとすることは、働くことを肯定しながら否定もしているように思えてならなかった。働いて働いて、何になるというのだろう。お金以外の何を得られるのだろう。そう考えずにはいられない。実に現代的な小説だ。夢を忘れかけてしまった労働者、特に若者に読んで貰って、感想を聞いてみたい。世界一周、お金が貯まったらあなたは行きますか? と尋ねてみたい。現実的な答えが返ってくることを期待しながら、同時に夢のある解も求めてしまうのは、わたしがまだ働くということを社会ということを生活するということをよくわかっていないからかもしれない。
 同時収録の「十二月の窓辺」も重いテーマであるのにさらりと読めてオススメだ。