26 わたくし率 イン 歯ー、または世界

わたくし率 イン 歯ー、または世界

わたくし率 イン 歯ー、または世界

 著者のエッセイは読んだことがあったが、小説ははじめてだった。あの流れるような長文の語り口はそのままに物語が構築され、雰囲気から何まで首尾一貫としている。その潔さが本当に素晴らしいと思った。
 奥歯に隠したわたしの「痛み」を奥歯の喪失で埋める。歯にまつわる主人公の妄想と呼んでも過言ではないだろう不思議な出来事たち。そのセンスの高さが非常に評価出来る。
 川上未映子の世界をふわふわと漂っている感覚は、舵の取れない避難船に乗って霹靂の海を彷徨っているかのようだ。うねりのある波に飲まれながら、それでも自分の場所は揺るがずに確保されている。どこか客観的に、海に飲まれつつある自分を眺めているような感じだ。それはあの川上未映子独特の文体の影響が大きいだろう。つらつらと続く文章の波に飲まれて、圧倒されるかと思いきや、こちら側にもきちんと思考の余地を与えている。一見筆者本位な文章にも思えるが、実はかなり読者優位な物語の運びとなっている。
 それほど長くないなめらかな物語は、緩やかに上下しながら進んでいく。自分の語彙の貧困さを恥ずかしく思うほどの、新しい感覚で書かれた小説だと言えるかもしれない。著者の他の作品も読んでみたくなった。同じような手法で描かれていれば似たり寄ったりな物語になってしまう可能性が高い。そこをどう打破していくのか、かなり見物だと思った。個人的にはとても好きな物語だった。