33 きりぎりす

きりぎりす (新潮文庫)

きりぎりす (新潮文庫)

 太宰治中期作品から成る短篇集。割と短いお話が多いので、ちょっとの空き時間にあっさりと読み進めることが出来た。
 今まで、太宰は絶望的なストーリーが多く、どの話も大体同じようなことを言っているイメージだった。しかしそれはわたしの中に凝り固まった固定観念でしかなかった。この短篇集「きりぎりす」はそんなことはなく、様々な角度から小説を考察している太宰の姿は、とても好意的に見れた。中期は安定して小説に打ち込めていた時期らしく、それが如実に現れていたと思う。わたしは中期の作品が太宰の中では一番好きかもしれない。
 特に「畜犬談」はとても面白い小説。面白さを追求した小説と言ってもいいかもしれない。自虐的な太宰らしい表現の中に、犬を憎めないでいる優しい心が見え隠れして読みながらにやにやしてしまう。この作品を読んで、太宰作品に対する印象が大きく変わった。
 作品群の中でわたしが一番好きだったのは「水仙」という作品。告白調でも随筆調でもなく、わたしの知っている、好んでいる、小説という理想の形に最も近かった。自分の才能に自信を持てたら起こらない悲劇の話だが、他人を疑わずにいられない、実に人間らしい話で、よく出来ていると思った。
 太宰をはじめとする純文学は難しいと思われがちで敬遠されることが多いが、それは勿体無いと思う。読んでみると意外と共感出来たり、その巧みな文章力に圧倒されたりするものだ。一般的に良いとされているものには、そうされているだけの理由がある。それを自分で発見していくことも、純文学の楽しみ方のひとつなのではないだろうか。