36 ディスカスの飼い方

ディスカスの飼い方

ディスカスの飼い方

 大崎善生の作品を読むのは久し振りだった。大崎善生はわたしの敬愛する作家のうちの一人だ。元雑誌編集者で、将棋の世界で生きてきた。妻も元棋士だ。そんな大崎善生が今回出逢ったのは、将棋ではなく、熱帯魚だった。
 この物語は熱帯魚、特にディスカスに惚れ込んでしまった男の話だ。ディスカスのために恋人と別れ、会社を辞め、ブリーダーになる決意をする。その最初の一歩である、新しい環境作りから最初の繁殖の様子を描いている。
 熱帯魚の描写は実に詳細で、まるで専門書を読んでいるかのようだった。しかしそこまで堅苦しくなく、あくまで小説の補助解説といった感じで描写されていたことに好感が持てた。
 何かひとつのジャンルについて追求して描写することは、なかなか難しい。この作品のようにかなりディープに描くためには、かなりの資料集めと勉強が必要だ。今の時代は感覚や経験から小説を書く人が多いので、こういった深い調査に基づいた小説というのはなかなかわたしの中では評価が高い。本当に気になって、好きにならないと書けないことだ。熱帯魚について調べていて楽しくて仕方がないといった感じがこの作品からは伝わってきた。小説のために色々勉強することも、作家の仕事なのだと思う。
 小説を面白くするために、とことん突き詰めて情報収集をすること。それが良く出来ている小説だと思った。情報を小説に還元するのが非常に上手い。本来、作家とはそうあるべきなのだ。ただ闇雲に思うがままに書き連ねれば良いというものではない。頭の中の妄想だけでなく、自らの足を使って得た情報を最大限に利用して小説は書かれるべきなのだ。わたしはこの物語をそんな小説の成功例として挙げたいと思う。
 確かに、説明が細かいので退屈に感じたりする人もいるかもしれない。けれども、自然に熱帯魚に興味を持って、主人公と一緒に熱帯魚について知りたくなっている自分がいた。知らないことを知れること。それもまた小説を読むという行為の中での楽しみのうちのひとつなのだ。
 大崎善生が将棋や熱帯魚と出逢ったように、わたしも早く何かと出逢って、それについて物語を紡ぎたいと思った。